(untitled)

包容力を持て余す
あなたの孤独は露知らず
痛みをそのまま体感したら
私など全て潰れてしまう
愛ある言葉に変わるもの
依存紛いの求め方
つまりどちらも孤独なら
初めて少しは懐灯る
けれど明日も明後日も
あなたはどんどん成長していく
足りないもどかしさの中で
誰も責めれず泣くのだろう

(untitled)

悲しみにひとつだけ
嘘をつけるとしたら
君なんて愛したことはないと
大声で繰り返すだろう

思い出を空に投げて
嘘つきな自分の顔が
水たまりに映らないように

眺めて日暮れ待った

(untitled)

いつからか僕は写メをとるくせが無くなった

整理できない 思い出が増え過ぎたから

明日きみが出て行くことは知っていて

それでも僕はいつも通り睡眠をとる

補足すると

補足すると、それを<恨み>や<妬み>や<嫉妬>だと捉えられるとすると、それは全くの間違いである。

寧ろ、その方が余程、<わかりやすくて楽>かも知れない。

じゃあ何に例えると伝わりやすいのか。


それは常日頃考えてはいるが、なかなかいいものが見つからない。

見つからないのだ。

今の気分

強迫性障害ってのは実に厄介。

人からしたら、「なんでそんなに?」って思うほど、<嫌なもの>に対して過敏になる。

それは、<数字>や<言葉>もだが、<人間>も、そう。

正直、その人の名前を耳にしただけでも、あらゆることに置いてのテンションがガタ落ちするのである。

それはなぜか。
それをうまくは説明出来ないが、簡単にまとめてみるとすると、こうだ。

<嫌なもの>に5感が触れた瞬間、あらゆる方向に、まるで毛細血管の如く、<想像・予測・予感>が駆け巡るのである。

それは、強迫性障害ではない人でもあることだろうけれども、その範囲や血管の数が恐ろしいほどの桁違いなのである。

だから、何度も手を洗ったり、何度も家に戻ったり、何度も同じことを繰り返したりする。

こと、<物や数字など>に対しては、それで気を休めることも出来れば、避けて通ることも出来る。

しかし、<対、人>の場合、そのストレスは跳ね上がって襲いかかるのである。


つまり、どれだけ楽しいことがあっても、どれだけいいことがあっても、ほんの一瞬で全てが恐怖やストレス、嫌な時間へとすりかわるのである。


今は、凄いストレスが半端ない。

と言う報告。

やはり

魅力を感じない人に、お金は避けないなぁ…。

それが例え、知り合いの誘いでも。

Time Capsule

一度しかない人生が惜しくて
僕は色んなものに手を出した

あなたがくれたものを壊して
僕は明日をのぞんだ

さりげない経由や交差点が
人を人らしく変えてしまう
子供が手にしたおもちゃは
色褪せる前 背景になった

タイムカプセルは
都合よく僕の過去を美化しては
落ちてゆく“ヒトトナリ”全て
上手に隠し健気にした